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佐賀地方裁判所 昭和28年(ワ)253号 判決

原告(一〇名選定当事者) 蒲原亀雄 外一名

被告 杵島炭礦株式会社

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

(原告等)

第一、請求の趣旨

被告が原告等及び別表記載の者等に対し、昭和二十五年十月十六日為した解雇は無効であることを確認する、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求めた。

第二、請求原因

一、被告は肩書地に本社を置き、佐賀県杵島郡大町町及び江北町に亘り、旧称三坑、五坑を擁する杵島礦業所を始め、同郡北方町西松浦郡入野村に各事業場を置石炭採掘を業とする株式会社である。

二、選定当事者たる原告等及び別表記載の選定者等は、いずれも右杵島礦業所に石炭採掘のため、従業員として就業していたものであるが、別表記載のとおり原告両名及び選定者中、瀬田美之松、坂内三郎を除く、六名は共産党員として右選定者両名も右共産党員等と共に、原告蒲原外五名は前記五坑、太田善二外三名は前記三坑に就業し、それぞれ同表記載の労働組合に所属しているものであるところ、いずれも昭和二十五年十月十六日、被告会社より解雇通告を受けた。

三、右解雇は左記理由により無効というべきである。

(一) 前記解雇通告は、原告等及び選定者等が「共産主義者又はその同調者である」ことを解雇の基準としている。然しながら右解雇基準は明らかに憲法第十四条に違反する不平等のものであり、同時に右理由を以て解雇することは労働基準法第三条並びに民法第九十条に違反し、無効といわなければならない。

(二) 仮りに右(一)の理由により違憲又は無効でないとしても右解雇は原告等が他の従業員を煽動して、これに悪影響を与え、被告会社事業の運営に障碍を与える等被告会社事業に協力しない者であることをその一理由とするが、原告等に右事実は存しないから、これまた無効の解雇といわなければならない。

(三) 更に原告等及び選定者等を含む当時の解雇者三十八名についてみるのに、多くは労働組合執行委員、代議員、職場委員等であるから、これを解雇したことは組合役員及び組合活動家を差別扱いし併せて前記労働組合の運営に介入して、これを支配しようとするものというべく、被告の原告等及び選定者等に対する解雇通告は不当労働行為に該当し無効である。

(四) 然らずとするも、被告はアメリカ占領軍が昭和二十五年九月二十五日、石炭造船等十大産業経営者に対し、共産党員及びその同調者であつて組合の一部不健全な指導者、産業を破壊し会社の規則を破つたり、会社財産を破壊する者又はそのおそれのあるものを排除すること(いわゆるレッドパージ)を厳命し指導し同時に政府がその頃数回に亘り右の如き破壊分子の排除は憲法、労働基準法その他の法令に照らし適法な旨の意見を発表したのに便乗して、原告等及び選定者等に対して前記解雇の通告をなし、原告等勤労者の生存権を蹂躙したもので、右解雇通告は原告等の窮迫状態につけこんでなされたものであつて、公序良俗に反し、且つ解雇権の濫用によるものであるからこの点からも無効となすべきである。

(五) 次に被告は原告等を杵島礦業所礦員就業規則第十五条、第三第四号によつて解雇するというのであるが、原告等には右条項により解雇される理由は存しない。即ち職員の責任に帰せられる解雇は、同就業規則第六十五条以外にあり得ず、就業規則第十五条各号の解雇事由は職員の責に帰すべき事由と無関係な被告会社側の都合を事由とする解雇を規定したものである。然るに被告が原告等の解雇事由として主張している各事実によれば、本来就業規則第六十五条により、解雇すべきでその場合労資双方代表者で構成する賞罰委員会に諮る機会を与えるべきであつて就業規則第十五条を適用すべきでないに拘らず、これによつたのは手続を誤つた解雇であり、且つ原告等から右賞罰委員会に諮る権利を奪つたもので、この手続違反は本件解雇を無効にするものというべきである。

四、被告の主張に対する反論

(一) 被告の答弁二の(一)(二)事実中、原告等が被告主張の如き内容のビラ及び機関紙「ボタ山」を配布したこと、同(三)の1の事実中選定者北村一次郎が昭和二十五年十月十六日付被告会社の任意退職の勧告に応じ即日自己の都合により退職したい旨意思表示し同月二十日退職金及び予告手当並びに三十日分の平均賃金に相当する特別加給金合計十七万四千七百一円四銭を受領したこと、同2の事実中原告浦中選定者太田善二、田中静男、瀬田美之松が被告主張日時に被告主張の如き内容の仮処分申請を取下げ且つ退職金及び予告手当を受領したことは認めるがその余は全部否認する。

(二) 本件解雇理由の大部分が文書の配布を理由にされている。そして右以外の事由はいずれも解雇時より遠く過去のもので、しかも他の関係者が誰一人として処分されていないような事由である。右文書配布中でも配布した文書の内容が解雇に値するものであると主張するのであるが、次のとおりその理由がないことは明白である。即ち文書の配布は憲法第二十一条によつて保障された自由権であり、且つ本件のビラが共産党名義で配布されていても労働条件の向上の目的として労働者に訴えているものばかりであつて憲法第二十八条で保障された正当な組合活動として許容されるべきである。本件ビラの中に仮りに字句に穏当を欠くところがあつたとしても、それはレッドパージの対象者として予定されていた原告等がこれを中止させ、労働者の覚醒を促す目的に出たものでこれを非難するのは酷に失する、のみならず本件の解雇事由とされているビラは解雇の行われた当月か又はその前月に配布されたもので、その当時には既に解雇該当者の表は出来上つていた筈であるから、本件解雇事由に前述ビラ配布行為を掲げているのは不当である。

(三) 個別的解雇理由について

1 蒲原龜雄の解雇理由2について

そこにいう職場放棄とはいわゆる「ノソン」の場合である、「ノソン」は全国的慣習であり、生死の危険に曝されている坑内の特殊な作業条件、殊に縁起を担ぐ坑夫気質に関係し、根本的には請負賃金制に由来するのであるが、この場合には就業規則中の勤務時間に関する規定は適用を除外され、被告会社においてもこれを黙認していたものである。

2 坂内三郎の解雇理由1、木場辰美の解雇理由について

杵連(杵島炭礦労働組合連合会、以下同じ)のスト中止指令に対して反対したものは杵連傘下の労組員の半数に近く特に坂内の属した杵島礦業所五坑労組では組合大会においてスト中止反対を決議した。そして三十名に及ぶハンストの一員として参加したにすぎず、ハンストを理由に解雇されたのは坂内一人に止まる事情からみてもレッドパージの口実というより外ない。

3 坂内三郎の同2、木場辰美の同3について

被告主張の如きビラは坂内に対する解雇通告後に配布されたものであつてこれを解雇理由とするのは不可解である。

4 太田善二同2、浦中貞男同3について

志田組の副責任者富田芳雄を排斥したのは同人が原告等労働者の労働条件の向上に意を用いなかつたため、右条件の向上を主たる目的として、その必要手段としてなしたもので正当な組合活動というべきである。

(四) 北村一次郎の退職願の提出及び退職金受領行為について

被告は請求原因三の(四)に掲記したとおりの情勢下において予め解雇者として決定したものを断固として職場から排除するため退職を勧告したので北村はこれにより止むなく退職願を提出したのであつて、右任意退職の意思表示は同人の真意に出たものでなく、且つ被告は右の如き北村の退職願の提出及び退職金受領行為の真意を知り又は知り得べき場合であつたから、同人の任意退職の意思表示は民法第九十三条により無効である。

(五) 原告浦中及び太田善二、田中静夫、瀬田美之松の退職金受領の行為について

1 同人等は解雇反対闘争を継続するため已むを得ない手段として浦中を除くその余の三名は「目下佐賀地方裁判所提訴中につき復職の際は精算することにして生活補助のため」なる留保をなして先ず予告手当を受領したが浦中の真意もこれと同様である。而して同人等は退職金受領の際も将来共解雇の効力を争う旨、被告に対し口頭で通告したから、被告は原告等の退職金等受領行為が終局的に合意解雇の申入を承認したものでないことを知り、又は知り得べかりし以上、退職金受領に形式的に表明された同人等の意思表示は民法第九十三条により無効である。

2 仮処分申請の取下は同人等及び被告間において、本件解雇が円満解決した旨を記載した取下書を提出してなしたものであるが、右取下は本訴訟の訴権を放棄することを合意したことにはならない。

(被告)

第一、反対申立

被告は原告等の請求を棄却する、訴訟費用は原告等の負担とするとの判決を求めた。

第二、答弁事実

一、請求原因一及び二の事実、三の(四)の事実中アメリカ占領軍が昭和二十五年九月二十五日石炭造船等十大産業経営者に対し、共産党員若くはその同調者であつて労働組合の一部不健全な指導者、産業を破壊し会社の規則を破り、会社財産を破壊する者又はそのおそれのあるものを排除することを厳命したこと、日本政府もその頃数回に亘り右のような破壊分子の排除は憲法及び労働基準法その他の法令に照らし、適法なる旨の意見を発表したこと、三の(五)の事実中被告会社が原告等及び選定者等(以下原告等という)を杵島礦業所礦員就業規則第十五条第三、第四号により解雇したことは認めるが、その余の事実は否認する。

二、被告が原告等を解雇した理由は次のとおりである。

(一) 被告会社は杵島郡大町町外三ケ所に事業場を有し、従業員総数八千名余を使用する石炭会社であり、その企業は重要基礎産業の一に属し、企業運営の適否は我国の経済再建、国民の日常生活に重大な影響をもたらすものであるから、企業の正常な運営確保には日夜腐心して来たところである。然るに被告経営の各事業場所属の一部従業員中には、組織された指導の下に企業の秩序を無視し、虚偽に満ちた煽動的言説や暴力的行動によつて職場の不安を醸成し、作業員の生産意欲の減退を図る等の行為に出で、企業の正常な運営に重大な脅威を与える者があり、かかる破壊的言動に対し、企業秩序を維持防衛するため、被告の払つた苦心努力は筆舌に尽くし難いものがあつた。

(二) 被告経営の杵島礦業所第三坑乃至第五坑においては戦後日本共産党佐賀県西部地区委員会大町細胞及び江北細胞が組織され、前者にあつては原告浦中選定者田中、太田等が後者にあつては原告蒲原、選定者石渡、熊野、木場等が夫々中核となり、多数党員及び同調者(選定者瀬田、坂内はその一員)を鳩合し、党の指導方針に従い社会不安の醸成と生産阻害の言動を活発に展開した、その一、二の例を挙げると、

(1) 朝鮮動乱における北鮮軍の行動を支持し、我民族の利益を誠実に擁護して来たのは世界平和のとりでソ同盟であると称して共産革命を暗示し、

(2) 新聞事業からの赤色追放を誹謗して労働者の利益を守る戦闘的分子の追放で之を許すときは侵略戦争と奴隷労働が来ると主張して日本共産党の政治活動に同調すべきことを煽動し、

(3) 被告会社の経営主体たる高取資本を以て売国奴吉田内閣の戦争協力政策に便乗して営利を得るため労働者に低賃金労働を強制するものと罵り、

(4) 労組幹部が昭和二十五年七月―十二月間の賃金協定の際、共産党の要求に盲従せず被告会社との間に、公正な妥結点を見出した行動を見て自己よりも更に努力の強い親分の前には無批判に屈従するボス取引と罵倒し、

(5) 被告会社労務課職員を日本及日本人を売り渡す売国奴と罵り、

(6) 会社は三鷹事件を企んでいる、会社は共産党員や同調者が暴動をやる如く宣伝し、挑発して彼等を無実の罪により検挙せんと陰謀を企んでいると誹謗し、

(7) 被告が坑内における電線ダイナマイト等の盗難を予防し保安を維持するため行つた検身を捕虜の待遇に等しい人権無視の検身だと誹謗し、自らを労働者並びに国民の権利利益を擁護する愛国者の如く僣称すると共に、被告会社の経営方針等に対し、欺瞞と悪意に満ちた誹謗と煽動を内容とする文書を配布して労働者の会社に対する故なき反感と反抗を誘発せんと狂奔し、

(8) 同盟罷業における経済的要求そのものは第二義的で共産革命こそ第一義的であると称し、原告等所属の組合がストライキ中止の決議をした後においても他の従業員に対し罷業の継続を煽動し、以て暴力革命を指向する政治目的のためにこれを利用せんとし、

(9) 扇風機の故障で坑内の気温が高まる恐れがあつたので係員が他の扇風機と取換えようとしているのに坑内の不備を不当に鳴らしたり組責任者が会社側の選任にかかることを理由に、被告会社の職制を不当に非難しその都度多数の従業員を煽動して集団的に職場を放棄させる等、企業秩序を紊乱し、その正常な運営を阻害し引いて企業を破滅に陥らせる言動をなしたことは枚挙に遑がない、これを個別的に看ると原告等は次のとおり会社事業の円滑な運営を阻害する行為に出で、もはや雇傭関係継続の困難な状態にあつたものである。

(一) 蒲原龜雄

1 昭和二十四年十二月十六日、津山組の一員として入坑作業場において「責任者津山春夫は会社の指定した者であるから我々の責任者は我々の公選によつて定めるべきである」と会社の職制を不当に誹謗煽動して、作業場を混乱に陥れ組合員四十二名中二十六名の者を無断で職場を放棄昇坑させ、

2 昭和二十五年七月二日同組の一員として一番方に入坑し左一片三卸一号払の現場に赴いたが扇風機の故障の為作業場の気温が多少上昇したところ、係員堤九十男は三卸局部扇風機を以て直ちに代替させたので作業継続が可能なるに拘らず、施設の不備を不当に追求し、他の従業員を煽動し係員の注意又は指示にも拘らず三十三名の者を無断職場放棄させ、

3 同年十月十日午後二時頃熊野義雄と共に五坑営繕課前で入坑者に対し「目的も分らない捕虜のような検身はやめろ」と記載した宣伝ビラを多数配布し保安確保のために労務課員のなす正当な職務行使を歪曲批判し、従業員の故なき反感を煽動した。

(二) 熊野義雄

1 昭和二十五年十月七日早朝石渡達治、木場辰美と共に「云うこと聞かぬとなぐるぞ」なる題名のビラを配布し会社の方針をそのまま許容したら職場は監獄になると無責任な言辞を以つて会社に対する反感を醸成し平静なる労働関係を混乱させて業務の阻害を図り、

2 同月十二日午後二時頃「私達の要求を斗いとろう」なる宣伝ビラを配布し被告会社は戦争に協力する売国政策に便乗して大儲けをする為、低賃金労働を強制して居ると無責任な批判を加え、又公傷者に提出させる始末書は公傷者のすべてに提出させるものでなく、本人の不注意によつて自ら負傷した者に限定されており、其の趣旨は本人が再び繰り返さないよう注意を喚起させるものであつて、正当な措置なるに拘らず被告会社が不当な目的を以て提出せしめるものであるかの如く歪曲し「公傷者の始末書を廃止せよ」と主張して業務の円滑なる運営を阻害した。

(三) 坂内三郎

1 昭和二十四年十一月六日杵島礦業所第五坑礦員労働組合の所属する杵島労組連合会は、労働協約賃金改訂に関しストライキに突入したが当時「今度のストライキは経済的目的は第二義的であつて、共産革命が第一義的のものである、従つてこのストライキは革命に通じるものである」と強調し、争議を長期化し会社業務を混乱に陥るべく狂奔したのであるが、同月十一日杵連はスト中止を指令した、坂内は右指令を不満とし、共産党員会沢松一、梅田衛等と謀り平静に戻りつつあつた従業員に「彼等がハンスト迄やつて要求貫徹に身を捧げているのに、これを見捨てて仕事には行かれない」との気分を惹起し以て争議を長期化し、会社業務を阻害して共産革命に奉仕せんことを決意し、組合のスト中止の指令に反抗して同月十二日より十七日迄坑口附近においてハンストを続行し業務の円滑なる運営に重大なる支障を与え、

2 昭和二十五年十月十八日午後二時頃及び同日午後十時頃の二回に亘り、五坑営繕課前において熊野義雄、木場辰美と共に「杵島の労務課員に訴う、日本及び日本人を売渡す売国奴になるな」「会社は三鷹事件を企むか」等と題する多数の宣伝ビラを配布し、従業員の会社に対する反感を煽り業務の阻害を企図した。

(四) 木場辰美

1 昭和二十五年七月八日午後九時頃五坑劇場前において原告蒲原龜雄と共に「杵島の諸君、サア立上るんだ」と題するビラ多数を配布し、西杵炭坑における怠業戦術による作業低下の状況を誇大に宣伝して、被告会社従業員もこれにならい怠業戦術をとつて会社に打撃を与えんことを煽動し、平静な労働関係に紛争を惹起せんことを企図し、

2 同年十月七日早朝熊野義雄、石渡達治と共に「云うことを聞かぬとなぐられるぞ」なる題名のビラ多数を配布し「会社のやり方をそのまま許したら職場はカンゴクになる」と無責任な言辞を以て会社に対する反感を醸成すると共に、事業場において擅にビラを配布することは就業規則で禁止されているため、これを制止した労務課員の正当な行為を誹謗し、

3 同月十八日午後三時頃及び同日午後十時頃の二回に亘り、前記坂内三郎の部2記載のとおり、熊野、坂内と共に「杵島の労務課員に訴う、日本及び日本人を売渡す売国奴になるな」「会社は三鷹事件を企むか」等と題する多数のビラを配布し、事実を歪曲して従業員の会社に対する反感を煽り業務の妨害を企図した。

4 昭和二十四年十一月六日、杵島礦業所五坑礦員労働組合の所属する杵連は協約賃金改訂に関してストに突入し同月十一日スト解除を指令した。

木場は原告蒲原龜雄、石渡達治、北村一次郎外数名と共に、「杵連本部に行つてスト解除指令を取消させるんだ」と意気まき、組合員を煽動して杵島郡江北町大字上小田五坑新町広場に多数組合員を集合させ組合幹部がこれを制止するや逆に「お前達は検挙が恐ろしいのか」と喰つてかかり手のつけようがなかつた、偶々被告会社のトラックが通り合わせたところ、同人等は皆の者を煽動し、運転手及び組合幹部の制止には拘らず無理矢理これに飛乗り、トラックを強奪して杵連本部まで押寄せ、その際運転を誤り民家にトラックを突入させる等の暴挙をなした。

(五) 石渡達治

1 前記木場の部4記載の如く、木場、原告蒲原、北村等と共に暴挙をなし、

2 昭和二十五年十月三日午後九時頃杵島郡江北村五坑旧坑々口附近において、「杵島にも迫る大量首切り、断固攻勢に移ろう」なる宣伝ビラ多数を従業員に配布し「売国奴吉田は戦争に協力する為、新聞放送事業等より大量の戦闘的労働者の首を切り、更に国鉄、全逓、炭鉱等、凡ゆる産業に波及し、今や共産党員だけでなく戦争に反対し労働者の権利を守つて戦う一切の労働者が首切られている、共産党員を始め進歩的労働者の追出は当然に日本人の奴隷生活を結果する」と断じ、無責任な言辞を以て大衆を煽動し、

3 同年十月七日早朝、前掲木場の部2記載のとおり前同所において熊野義雄、木場辰美と共に「云うことを聞かぬとなぐられるぞ」なる宣伝ビラ多数を配布し事業場において擅にビラを配布することは就業規則に禁止されている為、これを制止した労務課員を不当に誹謗し、従業員の故なき反感を煽動した。

(六) 北村一次郎

1 五坑志佐組、宮崎組等に属し、充填夫として稼働していたが作業能率が他人に比べて甚しく劣り、而も口数が多くて何事にも理屈を言い張り、同僚との折合が悪かつたので已むなく昭和二十四年四月中、竹内組に転籍させようとしたが、同組ではこれを嫌つて拒絶する等のこともあり、成績不良の礦員であり、

2 更に前記木場の部4記載の様な暴拳をなし以つてトラック運転手の業務を妨害した。

(七) 太田善二

1 昭和二十一年四月以降杵島礦業所四坑志田組の採炭夫として稼働していた者であるが、作業量、作業方式及び賃金等に関し、しばしば不平不満をもらし作業実施を渋滞せしめることがあつた。殊に昭和二十四年九月より同年十一月迄の間、作業人員僅少な場合に同じ切羽に作業していた原告浦中貞男等の共産党員と共謀の上「切羽の半分だけ採炭し、残り半分は翌日採炭させてくれ」と採炭技術上最も忌嫌うことを故意に要求し、これを許さない採礦係に対し「労働強化だ」と主張して反抗し採炭の円滑なる実施を阻害し、

2 昭和二十五年一月初旬前記志田組の副責任者富田芳雄(技術人格共申分なき人物)が採礦係員の技術上の指示に従い能率を上げるのを快とせず、原告浦中等と謀り「会社に対して腰が弱い」と称して排斥運動を起し作業時間を論議に費消して業務の円滑なる運営を阻害し、

(八) 田中静夫

1 昭和二十四年二月六日頃原告浦中方において同原告外数名と共に生産阻害の方法について謀議し、「函よこせ」運動と称して炭車に石炭を八合目位積み当時資材不足の折柄ただでさえ不足する炭車をよこせと要求し「函がないから」という口実で石炭を掘ることが出来ないようにしようと打合わせ又「切羽よこせ」運動と称し各切羽における稼働礦員の増加を要求し人員不足も訴え、一般礦員の故なき不平を醸成し、生産意欲を低下させ以て会社業務の円滑な運営を阻害せんことを企て、

2 昭和二十五年八月二十八日頃、前記大町町中宮町附近で「首切反対に起て」と題する多数の宣伝ビラを礦員に配布し、被告会社経営に係る大鶴礦業所の馘首を捉え「資本家は政府の指示により首切の案を作りつつある、大鶴の首切りの後には奴隷労働が待つている云々」と事実を歪曲した宣伝をなし、一般礦員の不安動揺を惹起し、

3 同年九月十六日杵島礦業所三坑々口附近において「労働者の起ち上りにおびえる会社、入坑時のビラまきを禁止通告」と題する多数のビラを礦員に配布し共産党のビラ配布により真相の発覚を恐れた被告会社が礦員に対し真相を陰蔽せんことを企て、その配布の禁止をしたと前同様の宣伝をなし、

4 同年十月二日早朝前同所において「杵島に迫る大量馘切りだんこ攻勢に移ろう」なるビラを多数礦員に配布し、杵島炭礦も大量首切りが迫つている首切られる者は共産党員ばかりでなく、戦争に反対し労働者の権利を守つて闘う一切の労働者に及ぶ、而も活動分子が首切られた後には低賃金と労働強化が来ると主張して一般礦員の不安動揺を煽り、

その他、この種の誹謗、宣伝、煽動は同年八月二十六日より十月三十日迄の短期間だけを取つてみても前後十五回以上の多数に及んでいる。

(九) 原告浦中貞男

1 昭和二十四年二月六日頃自宅において田中静夫外数名と会合、前記の如く、「函よこせ」及び「切羽よこせ」運動を謀議決定し、以て事業の円滑な運営を阻害せんことを企図し、

2 昭和二十二年八月頃から二十五年二月頃まで四坑志田組採炭夫として稼働していたが、前掲太田の部1に記載するとおり作業量、作業方式及び賃金等に関ししばしば不平不満をもらし作業実施を渋滞せしめ、又右太田等と共謀して「切羽の半分だけ採炭し、残り半分は翌日採炭させてくれ」等と採炭技術上最も嫌忌することを故意に要求し、之を許さない採礦係に対し「労働強化だ」と主張して反抗し、採炭の円滑な実施を阻害し、

3 昭和二十五年一月初旬頃、前記志田組の副責任者富田芳雄が採炭係員の技術上の指示に従い能率を上げるのを快とせず、太田善二と謀り「会社に対し腰が弱い」と称して排斥運動を起し作業時間を論議に費消して業務の阻害をなし、

(十) 瀬田美之松

1 昭和二十二年五月頃より杵島礦業所四坑真名子組の充填夫とし稼働していたが作業量及賃金に関しては会社と組合との間の協定に基き現場係と職場代表者との間にその都度協定済であつて、日常の作業実施にあたつては特別の事故がない限り不平不満があるべきでないに拘らず、しばしば「作業量を下げよ、労働強化だ」と主張し被等正当の理由のない不平をもらして係員に喰つてかかることが多く、作業場全般に不愉快な気分を醸成して他の礦員に悪影響を及ぼし業務を阻害して来た。

これがため真名子組の礦員全体より排斥される結果となり、被告会社としても放任することが出来なかつた為、昭和二十五年七月十七日以降は日役夫として使用するの止むなきに至り、

2 昭和二十五年五月二十六日その編輯に係る大町細胞機関紙「ボタ山」上に「会社は退職金規定改悪をたくらむ」なる見出の下に日常生活において貯蓄の風習なく従つて将来の生活の保証として極めて重大な意味をもつ礦員退職金の問題を捉え、被告会社が退職金規定の改悪を企んでいると、全く事実無根の記事を掲載して前記大町町寿町内に配布して煽動をなす等悪質なる誹謗及煽動に狂奔して他の礦員に悪影響を及ぼし業務の円滑な運営を阻害した。

(三) 原告等の叙上の言動は凡て日本共産党の暴力主義的方針によつて指導されたもので、当時日本の全企業部門で行われたところである、このことは日共第六回全国協議会で自ら肯定している。

右のような社会情勢の下においてかかる集団的企業破壊の危険に対し、必要な防衛措置を講ずることは重要産業の経営者に対する客観的要請であり、且つ社会的責務であつた。

そこで被告も重要産業の一つたる石炭業経営者の一員として上述の客観情勢と原告等の言動に鑑み、企業に対する破壊的行為を阻止しその危険を排除し、以て企業防衛のため原告等を含む三十六名を解雇することとした。

即ち被告は昭和二十五年十月十六日原告等に対し、杵島礦業所礦員就業規則第十五条第一項第三、第四号に基き、同月十九日迄に任意退職するよう勧告すると共に同日までに任意退職しないときは即時解雇することを通告し、且つ法定の解雇予告期間三十日分の平均賃金に相当する予告手当及び退職金を被告会社経理課において受領するよう催促した。これに対して、

1 選定者北村一次郎は即日任意退職をなし、同月二十四日右予告手当及び退職金並びに三十日分の平均賃金に相当する特別加給金合計十七万四千七百一円四銭を異議なく受領したから、右退職による雇傭関係の終了を無効とする理由はない。

2 その余の原告等は右申入に応じなかつたので、その頃これを佐賀地方法務局武雄支局に供託した。

ところが原告浦中貞男及び選定者太田善二、田中静夫、瀬田美之松は昭和二十五年十月二十七日被告会社を相手取り佐賀地方裁判所に対し被告会社は(一)右同人等の従業員たる地位を認めなければならない(二)本案判決確定迄同人等に対し所定の賃金を払え、(三)同人等の出勤停止その他就業を妨げる行為をしてはならない旨の仮処分申請をしたが右事件審理中、原告浦中は同年十一月二十八日、選定者瀬田は昭和二十六年四月二十四日、同太田は同年五月二十六日、同田中は同年八月八日、それぞれ被告会社との間に本件解雇問題を円満に解決し、爾後裁判上、裁判外共に一切異議なく、その効力を争う如き行為に出でない旨の示談をなし、即日仮処分申請取下の手続をなし、且退職金及び予告手当を受領した。

而して右は訴権放棄の合意を包含するものであるから、右原告及び選定者等から被告会社に対する本訴は不適法として却下せられるべきである。

三、就業規則違反の解雇であるとの原告等の主張について、

杵島礦業所礦員就業規則第十五条は当時者の責に帰すべからざる事由に基き雇傭関係を消滅させる場合を包括して規定し、同条第一、第二号は停年疾病等その事由が被傭者側にある場合、第三号は事業の休止等その事由が使用者側にある場合を規定したものである。

そして第四号は右事由に準ずる場合であつて、

(イ) 当時の原告等の行動は原告等が国民としての権利義務にそむかないならば被告会社の従業員として如何なる行動をとるも差支がないとの考方からその挙に出でたものであると見られる節もあるが果してそうだとすれば原告等の責に帰すべからざる事由に基き、且つその事由が原告等の側に存する場合であるとして同条第二、第四号に該当する場合といえよう。

(ロ) 又一方被告会社としては企業防衛の社会責任があり、客観的要請に従つて為した解雇である、然らば右は使用者の責に帰すべからざる事由に基きその事由が被告側に存する場合として第三、第四号に該当する場合でもある。

そこで原告等の言動には右のように二つの考方、見方が成立し得るので懲戒解雇とせず、規則第十五条第三、第四号により退職金等を支給して解雇したのである。

四、賞罰委員会の意見を徴しない本件解雇は無効との原告等の主張について、

前記規則第十六条第一項には「賞罰委員会に諮つて行う」とある、しかし賞罰委員会は諮問機関であつて承認機関ではない。意見を徴すれば足りる。又賞罰委員会に諮る必要の有無の判断は礦業所長の裁量に任され、万一裁量を誤り賞罰委員会に諮ることなく懲戒処分に付したとしても、単に同条項違反たるに止まりその効力を左右しない。実際上も、組合側は賞罰委員会に出席せず、その結果当初予定された同委員会が組織されず、従つて今日まで賞罰委員会の開かれたことはない。

(立証)

省略

理由

第一、被告が肩書地に本店を置き、佐賀県杵島郡大町町江北村に亘り旧称三坑、五坑を擁する杵島礦業所を始め、同郡北方町、同県西松浦郡入野村に各事業所を置き、石炭採掘を業とする株式会社であること、選定当事者たる原告等及び別紙目録記載中原告等を除くその余の選定者等がいずれも杵島礦業所に石炭採掘のため従業員として就業しうち蒲原龜雄外五名は五坑に、太田善二外三名は三坑に就業しそれぞれ各労働組合に所属していたことは別紙目録記載のとおりであること、而して被告が昭和二十五年十月十六日杵島礦業所礦員就業規則第十五条第三、第四号に基き事業の休廃止その他已むを得ない事業の都合により又はこれらに準ずる已むを得ない事由があるとして原告等及び選定者等(以下原告等という)に対し、解雇通告をなしたことはいずれも当事者間に争がない。

第二、本件解雇の効力

一、本件解雇は「共産主義者又はその同調者であること」を基準としており右解雇基準は憲法第十四条に違反する不平等のものであり、同時に労働基準法第三条、民法第九十条に違反し無効であるとの原告等の主張について、

もとより単に共産主義者及びその同調者たることを解雇基準とすることは、信条そのものを対象として解雇するのであるから、かかる基準に基く解雇は憲法第十四条労働基準法第三条に違反し無効といわねばならない、然るに成立に争のない甲第一号証の三、証人中野光雄(一回)の証言によれば、被告会社は昭和二十五年十月頃、石炭産業は国の基幹産業にしてその運営如何が国家経済に及ぼす影響は極めて大きく、従つて炭礦経営者としては事業の健全なる運営に対して重大な責任を有すること、今般国際情勢の緊迫化客観状勢の変化に伴い、従来に倍して企業防衛、事業の円滑なる運営のため必要な措置を採るも已むを得ないとし、ここに上記必要措置として一部礦員を解雇するに至つたが、同年十月十六日、被告会社杵島礦業所長より同礦業所礦員労働組合長及び五坑労働組合長に宛てて発せられた申入書によれば、単に共産主義者及びその同調者たることに止まらず、右当該者であつて而も常に煽動的言動をなし、他の従業員に悪影響を及ぼす者、円滑なる事業運営に支障を及ぼす者、又はその虞れのある者及び事業運営に協力しない者の行動を解雇基準としたものであるから、右解雇基準を原告等主張の如く違憲、無効ということは当らないといわねばならない。

二、原告蒲原、浦中、選定者熊野、木場、石渡、北村、太田、田中が共産党員であり、同瀬田、坂内がその同調者であることは当事者間に争がないが、前掲甲第一号証の三、成立に争のない乙第二十六乃至第二十八号証の各一、第三十第三十二、第三十三号証の各一及び証人川久保嘉厚、喜多尚、の証言によれば、被告は杵島礦業所礦員中右原告等及び選定者(以下原告等という)を含む三十八名の言動は、前記解雇基準に該当するとして昭和二十五年十月十六日、原告等に対し解雇通告書と題する書面をもつて同月十九日迄に任意退職することを勧告し、同日迄に退職願を提出したものは依願解雇の取扱をなし、平均賃金三十日分の予告手当、会社事業上の都合による退職金及び予告手当と同額の特別加給金を支給し、同日迄に退職願を提出しない者に対しては右通告書を解雇通告にかえ同月十六日付を以てこれを解雇し、前記予告手当及び退職金を支給する旨を通告したことが認められる。而して被告において原告等が前記解雇基準に該当する事実ありとし、本件解雇の具体的理由として主張するところは答弁事実二、のとおりであるが、原告等は被告主張の如き事実がないと否認するので、検討すると、証人黒木米市、貞松守、佐藤元春、小林堅一、大山重吉、石橋竹雄、林璋、佐藤寿、川上義雄、喜多尚、白武喜六(一回)、津山春夫、堤九十男、山本清二(一回)、川久保嘉厚の各証言を総合すれば、原告蒲原、浦中、選定者熊野義雄、石渡達治、木場辰美、北村一次郎、太田善二、田中静夫は日本共産党の正式党員であり、同人等が主体となつてそれぞれ日本共産党佐賀県西部地区委員会江北細胞(五坑細胞ともいう)及び大町細胞を組織し、常時同党の政治活動に従事していた者であり、選定者坂内及び同瀬田は共産党員ではないが、その同調者として、それぞれ右五坑細胞員及び大町細胞員と行動を共にし、同様に日本共産党の政治行動に従事していた者であるが、被告会社の礦員として従業中被告会社事業の運営に対して凡て政党的立場から資本家に反抗するという考方に立ち、凡ゆる機会を捉え職場苦情を徹底的に行い以て被告会社の生産を阻害するという前記委員会及び細胞の協議に則り、細胞の名を以てする各種のビラ及び職場における言動によつて朝鮮動乱における北鮮軍の行動を支持して共産革命を暗示し、新聞事業からの赤色追放を誹謗し、これを許すときは侵略戦争と奴隷労働が来ると主張して日本共産党の政治活動に同調すべきことを煽動し、被告会社の資本主体たる高取資本を以て、売国奴吉田内閣の朝鮮事変に対する協力政策に便乗して暴利を貪るため労働者に低賃金労働を強制していると宣伝し被告会社の他の一般従業員の会社に対する不平不満を醸成させ被告会社の生産を阻害すべき行動をとつていたことが認められるが尚原告等及選定者等を各個人別に考察すると、

(一)  原告蒲原龜雄について、

証人小林堅一の証言により成立を認め得る乙第七、八号証、証人大山重吉の証言により成立を認め得る同第九号証の各記載に、右証人等及証人津山春夫(一、二回)、堤九十男の各証言を総合すれば原告蒲原は被告会社杵島礦業所津山組所属の坑員でその稼働中被告主張の二の(一)1乃至3の如く津山組所属の坑員をして無断で職場を放棄させ、又熊野義雄と共に労務課員が坑内保安確保のためなす正当な職務行為を歪曲批判し被告会社に対する従業員の反感を煽動し、

(二)  熊野義雄について、

証人山本清二、佐藤寿の各証言に乙第二、三号証に夫々添付せられある原本の存在及成立に争のないビラの各記載を総合すれば熊野は石渡達治、木場辰美と共に昭和二十五年秋頃「云うことをきかぬと殴ぐられるぞ」と題する日本共産党大町細胞名義のビラを配付し被告会社の経営方針をこのまま許したら職場は監獄になると従業員の被告会社に対する反感を醸成し又「私達の要求を闘いとろう」と題する同様名義のビラを配付し被告会社は戦争に協力する売国政策に便乗して大儲をするため低賃金労働を強制し居ると無責任なる批判を加えて一般従業員の被告会社に対する反感を醸成し、

(三)  坂内三郎について、

証人貞松守の証言により成立を認め得る乙第四号証、証人佐藤寿の証言により成立を認め得る乙第五号証、証人黒木米市の証言により成立を認め得る乙第六号証の各記載、右乙号各証に添付せられある原本の存在及成立に争のないビラに前記証人等の各証言を総合すれば坂内は被告主張の二の(三)12の如く昭和二十四年十一月六日被告会社五坑礦員労働組合が所属している杵島労働組合連合会が労働協約改訂に関しストライキに突入した際右ストライキの経済的目的は第二義的であつて共産革命が第一義的であると強調し、同月十一日右連合会がスト中止の指令を出したにもかかわらずこれに反対して従業員に対しストライキの継続を煽動し、又昭和二十五年十月十八日「会社は三鷹事件を企むか」等と題するビラを配布して従業員の被告会社に対する反感を煽動し、

(四)  木場辰美について、

証人貞松守の証言により成立を認め得る乙第十一号証、前記乙第五、六号証の各記載、右乙号証等及乙第二号証に添付せられある原本の存在及成立に争のないビラに証人貞松守、佐藤寿、黒木米市、白武喜六(二回)の各証言を総合すれば木場は昭和二十五年七月八日午後九時頃前記五坑劇場前において蒲原龜雄と共に「杵島の諸君サア立上るんだ」と題する日本共産党佐賀西部地区委員会名義のビラ多数を配付し西杵炭礦における怠業戦術による作業低下の状況を誇大に宣伝して従業員を怠業させるよう煽動し、

昭和二十四年十一月六日前記杵島炭礦労働組合連合会が労働協約改訂に関しストライキ突入を指令し同月十一日ストライキ解除指令を出したのにかかわらず右連合会本部に行き右中止指令を取消させるのだと意気まき、組合員多数を杵島郡江北町大字上小田五坑新町広場に集合させ組合幹部がこれを制止するや右幹部に反抗して正常なる労働関係を混乱させんとした外前記熊野義雄の項において記載したとおりのビラ及前記坂内三郎の項において記載したとおりのビラを夫々配付して従業員の被告会社に対する反感を醸成し、

(五)  石渡達治について、

証人貞松守の証言により成立を認め得る乙第十一号証、同号証に添付せられある原本の存在及成立に争のないビラに、証人貞松守、白武喜六(二回)の各証言を総合すれば石渡は昭和二十四年十一月六日前記杵島炭礦労働組合が労働協約改訂に関しストライキ突入を指令し同月十一日スト解除指令を出したのにかかわらず右連合会本部に行き右中止指令を取消させるのだと意気まき組合員多数を杵島郡江北町大字上小田、五坑新町広場に集合させ組合幹部がこれを制止するや右幹部に反抗して正当なる労働関係を混乱させんとした外前記熊野義雄の項において記載したとおり、昭和二十五年秋頃「云うことをきかぬと殴ぐられるぞ」と題するビラを配付して従業員の被告会社に対する反感を醸成し、

(六)  北村一次郎について、

証人山本清二(一回)、黒木米市の各証言を総合すれば北村は作業能率が悪く何事についても理屈の多い成績不良の礦員であり、又前記石渡達治の項の前段に述べたとおりの正当なる労働関係を混乱させんとし、

(七)  太田善二について、

証人石橋竹義の証言により成立を認め得る乙第二十二号証、証人川上義雄の証言により成立を認め得る乙第二十三号証、証人喜多尚の証言により成立を認め得る乙第二十三号証の各記載に、右証人等及証人林璋の証言を総合すれば太田は被告主張の二の(七)12の如く同人の所属する志田組の採炭の円滑なる実施を阻害し、又技術、人格共に特に非難すべき点のない志田組副責任者富田芳雄を排斥し作業時間を論議に費消して同組の業務の円滑なる運営を阻害し、

(八)  田中静夫について、

証人佐藤元春(一回)の証言により成立を認め得る乙第二十一号証、証人喜多尚の証言により成立を認め得る乙第十八、十九号証、二十号証の各記載、成立に争のない乙第三十八号証の一、二の各記載、乙第十八、十九号証に添付せられある原本の存在及成立に争のないビラに、右証人等の証言を総合すれば田中は被告主張の二の(八)1乃至4の如く無理な「函よこせ」運動、「切羽よこせ」運動を起して被告会社の業務運営を阻害し、又事実を歪曲した各種宣伝ビラを配付して従業員の被告会社に対する不平不満を醸成させ、

(九)  浦中貞男について、

証人佐藤元春の証言により成立を認め得る乙第二十一号証、証人石橋竹義の証言により成立を認め得る乙第二十二号証、証人川上義雄の証言により成立を認め得る乙第二十三号証の各記載に、右証人等の証言を総合すれば浦中は被告主張の二の(九)、1乃至3の如く無理な「函よこせ」、「切羽よこせ」運動を起し被告会社の業務運営を阻害し、又四坑志田組の作業現場において屡々不平不満を漏して作業実施を渋滞させ、更に又切羽の半分だけを採炭し残り半分を翌日させてくれと採炭技術上最も嫌うことを要求しこれを許さないと労働強化だと主張して従業員の被告会社に対する理由なき不平を醸成させ、

(十)  瀬田美之松について、

証人林璋の証言により成立を認め得る乙第十三号証、証人喜多尚の証言により成立を認め得る乙第十四号証の各記載、乙第十四号証に添付せられある原本の存在並に成立に争のないビラ及右証人等の証言を総合すれば瀬田は被告会社四坑真名子組の充填夫として稼働中被告主張の二の(十)、12の如く同組の作業現場における従業員の被告会社に対する反感を醸成させ又「会社は退職金規定の改悪をたくらむ」と題する日本共産党大町細胞名義の事実を歪曲したビラを配付して被告会社の円滑なる業務を阻害し、

た事実を夫々認めることができる。

証人中野光雄(一、二回)、小山弘、大塚一夫、江頭種秋、河津武男、大塚孝(一、二回)、橋富照次(一回)、吉野弘士、北村好秋(二回)、太田善二、石渡達治、瀬田美之松の各証言中右認定に反する部分は当裁判所は措信しない。

然らば右認定のような原告等の事業妨害行為は前記解雇基準に該当するものといわねばならない。

原告等は文書の配付は憲法第二十一条によつて保障された自由権であり、且つ本件ビラが共産党名義で配布されていても、労働条件の向上を目的とするものばかりであつて、右ビラの配布は憲法第二十八条によつて保障された正当な組合活動であるから、これを以て解雇理由とすることは当らないと主張するが、憲法第二十一条の表現の自由とて公共の福祉のためにこれを利用すべき責務を内包するのであつて、その濫用は許されないところである。

そこで右に認定した事実に徴すれば、前記内容の宣伝文書の配布は憲法第二十一条、第二十八条の保障を享受し得べくもないというべきであるから、右主張を容れることはできない。

又原告等は前記職場放棄はいわゆる「ノソン」と称し、生死の危険に曝されている坑内従業員が就業時間中に昇坑することを指し、右「ノソン」は坑内作業の請負賃金制に由来し、全国的慣行として行われているもので、被告会社においてもこれを黙認していたものであると主張するが、これに沿う成立に争のない甲第六号証の二、三(証人調書)の記載は採用し難く、却つて前掲乙第八号証、証人喜多尚の証言により真正に成立したと認める乙第四十二号証証人佐藤元春、喜多尚、堤九十男、小林堅一の各証言によれば、被告会社においては昭和二十一年より昭和二十三年に至る間、就業時間中の集団的早昇坑、いわゆる「ノソン」(野鼠)が頻発したため、生産協議会においてこれが議題となり昭和二十三、四年頃、早昇坑について労働組合との間に協定がなされ早昇坑したものに対しては賃金より罰引することになつた。尤も昭和三十年九月十四日、福利厚生施設及び労働条件に関する協定により前記協定中早昇坑罰引規定を廃棄し、この後は組合側において組合員に対し、時間厳守を徹底させ違反者は組合から戒告することになつたが、会社係員の許可なく無断早昇坑は当時も現在も禁止されていたことが認められるのである。

三、本件解雇は不当労働行為にして無効であることの原告等の主張について、

証人、田中静夫、太田善二、石渡達治、瀬田美之松の各証言に照らし、当裁判所が真正に成立したと認める甲第七号証の一乃至九及び上掲証人並びに証人中村好秋(一回)、原告等両名本人の各供述によれば、本件解雇通告当時原告等のうち原告浦中は三坑労働組合副組合長、原告蒲原は五坑労働組合執行委員、石渡達治は同非常任執行委員、その他の者も職場代議員であることが認められるけれども他に本件原告及選定者等の中何人が組合役員であるか、必ずしも明瞭ではなく、前記二、に認定した事実に徴すれば、原告等には前記解雇基準に該当する客観的事実が存在し、右事実によると原告等の行為は日本共産党五坑及び大町細胞の名において行われたが、その細胞活動は所属組合員の総体的意思を反映したものとは認められないので、これを以て組合活動ということはできない訳で、原告等に対する解雇は少くともその組合役員たること又は組合活動の故を以てなされたものであるとは認め難い。又右事実は解雇を正当ずけるに値するものであるのだから共産党員若くは同調者のみを理由に解雇するという差別待遇の意思があつたと認めるに由なく、又本件解雇が労働組合の運営に支配介入したものとも認めがたいので、右主張はこれを採用できない。

四、本件解雇は原告等の窮迫状態につけこむ等公序良俗に反し、且つ解雇の濫用であるとの主張について、

終戦後我国に進駐したアメリカ占領軍当局が、昭和二十五年九月二十五日石炭、造船等十大産業経営者に対し、共産党員及びその同調者であつて組合の一部不健全な指導者、産業を破壊し会社の規則を破つたり会社財産を危くする者、又はその虞のある者を排除すること(いわゆるレッドパージ)を指令し、同時に日本政府がその頃しばしば右の如き破壊分子の排除は憲法、労働基準法、その他の法令に照らし適法である旨の意見を発表したことは当事者間に争がない。

そして被告会社は右指令及び政府の意見発表と前後して、右解雇措置に出たが成立に争のない乙第三十八、第三十九号証の各二によれば、本件解雇は予ねてから会社企業の自衛上、必要已むを得ない措置と考えられ杵島炭礦株式会社独自の立場から執つたもので、赤色追放に対する日経連の方針、赤色分子の排除処理要綱或いは労働省労政局の前記内容の通牒が被告会社をして本件解雇に踏み切らせたとは推測されるけれども右解雇通告が原告等の窮迫状態を利用してなしたとか、解雇権の行使を規制する信義則に違反したとかの事実についてはこれを認めるに足る証拠は存しないのであるから、右主張も採用することはできない。

五、就業規則違反であるとの主張について、

被告が杵島礦業所礦員就業規則第十五条第三、第四号によつて原告等を解雇したものであることは当事者間に争がない。

原告等は前記認定の如き解雇理由は礦員の責に帰せられるべき事由を理由とするのであるから、就業規則第六十五条によつて懲戒解雇に付すべき場合であり、且つ右第六十五条による解雇とすれば第六十六条によつて賞罰委員会に諮つて行うべきであるに拘らず、右第六十五、第六十六各条に則つて本件解雇手続を執らなかつたのは違法にして無効であると主張する。

成程成立に争のない甲第五号証によれば、前認定の解雇基準該当事由は同就業規則第六十五条の懲戒解雇事由に該当するものと思われるが、予告解雇事由を規定した同就業規則第十五条第一項第三号には「事業の休廃止その他已むを得ない事業の都合によるとき」と規定し同第四号は「その他前各号に準ずる已むを得ない事由があるとき」と規定し前各号である第一、二号には「停年」「精神、身体虚弱老衰、疾病のため業務に堪えず、職場転換不能」等の事由を列挙しているのを考察すると、右規則第十五条の解雇理由は文理上一見して当事者の責に帰すべからざる事由を理由として規定された如く、第一、第二号はその事由が被傭者にある場合、第三号はその事由が会社側にある場合を規定したもののように考えられる、そして第四号の「已むを得ない事由があるとき」とは第一乃至第三号に準ずる当事者の責に帰し得ない場合と解されないでもないが、要するに同条は将来の継続雇傭を不可能ならしめる事由を広く規定したものと解されるから、本件解雇を以て就業規則第六十五条違反の解雇ということはできない。のみならず原告等は本来懲戒解雇に付せられるも已むを得ない場合であるに拘らず、懲戒解雇よりも遙かに原告等に有利な予告解雇を以てせられたのであるから、仮りに本件解雇基準該当事由が就業規則第十五条に該当せず、第六十五条に該る場合と雖も、右第十五条によつて予告解雇をしても右手続の違反が解雇を無効にする程に実質的就業規則違反とはならないと解するのが相当である。

そして前掲甲第五号証によれば、就業規則第六十五条の懲戒解雇の場合に第六十六条は「必要に応じ礦業所長賞罰委員会に諮つて行う」と規定し、第六十九条は「賞罰委員会に関する規定は別に定める」としていることが認められる。然し証人喜多尚の証言によれば右賞罰委員会は労使双方によつて構成することを予想していたが、構成員数の割振りについて労使間に協議が調わなかつたため、右委員会は組織されたことなく、今日迄懲戒解雇処分を同委員会に諮つて行われたことがないという実状であつたことが認められ(右認定に反する証人野口一馬の証言は当裁判所は採用しない)又右第六十五条によれば賞罰委員会に諮問するかどうかすら礦業所長の自由裁量に任せられているのであり、且つ諮問に止まり協議承認を要するのではないから、この手続を履践しない懲戒処分と雖も何等違法無効ということはできないといわねばならない。従つて右主張も採用し難い。

六、原告等のうち、本件予告解雇の際退職願を提出し又は退職金を受領した行為が被告主張の如く雇傭関係を消滅させるかどうかについて、

(一)  本件解雇通告の性質について、

成立に争のない乙第二十六乃至第二十八号証、第三十、第三十二、第三十三号証の各一によると被告会社は昭和二十五年十月十六日附「解雇通告書」と題する書面を以て「当社は組合へ申入れた趣旨により、貴殿に退職して戴きたいので来る十月十九日迄に退職願提出の上円満退職するよう勧める」「右期日迄に退職願提出の場合は、依願解雇の取扱をなし平均賃金三十日分の予告手当、退職金(会社事業の都合による金額)及び、予告手当同額の特別加給金を支給する」「不提出の場合は本通告書を解雇通告にかえ、右予告手当及び退職金を支給して十月十六日附を以て解雇する」「予告手当は十月二十日十五時迄に経理課において受領されたい。受領なき場合は佐賀地方法務局武雄支局に供託する」旨を通告したことが認められる。而して右書面の趣旨によると、本件予告解雇は、労働基準法第二十条により予告手当の支払の提供をなしているのであるから、本来退職願の提出、不提出を問わず、予告手当の口頭提供の日である十月十六日、当然解雇の効力を発生するものと解される、然るに十月二十日十五時迄に、退職願を提出した者は依願解雇の取扱とし特別加給金を支給するが、右期日迄に不提出の者に対しては前記予告解雇通知書を以て解雇通知にかえ、十月十六日附を以て解雇し、これに対しては予告手当及び退職金のみを支給するというのであつて、十月二十日迄の退職願の提出の有無によつて、解雇者の取扱に差等を設けている点からみると、右解雇通知は前記予告解雇の一方的意思表示の外に同月十六日附を以て、雇傭関係を終了せしめたいから、これに同意のものは同月二十日迄に退職願を提出されたき旨の合意解約の申入をも包含し右期日迄に退職願が提出されるか否か決する迄予告解雇の効力の発生を留保し退職願を提出した者について十月十六日に遡及して合意解雇の効果が発生し予告解雇の意思表示は消滅するが、退職願を提出しない者については十月十六日に遡及して予告解雇の効力が確定的に発生すると解するのが相当である。

(二)  ところで右の如き解雇通告をうけた原告等のうち、北村は即日退職願を提出し十月二十日退職金予告手当及び予告手当相当の特別加給金を受領し、本件解雇無効確認訴訟を本案とし、佐賀地方裁判所に対し申請中の従業員たる地位保全の仮処分を取下げ、浦中は昭和二十五年十一月二十八日、瀬田は昭和二十六年四月二十四日、太田は同年五月二十六日、田中は同年八月八日、それぞれ同様申請中の右仮処分を取下げ且つ退職金及び予告手当を受領したことは当事者間に争がなく、成立に争のない乙第二十六乃至第二十八号証の各三、四第二十九号証の一、二第三十号証の三、四によれば、蒲原、熊野、坂内、木場、石渡も予告手当及び退職金を受領していることが認められる。

そこで北村の場合についてみると、証人山本清二(二回)の証言によれば北村は退職願の提出に当り何等の異議を留めず所定の予告手当、退職金、特別加給金を受領していることが認められるので同人は合意解雇により、昭和二十五年十月十六日附を以てその雇傭関係は消滅したものといわねばならない。原告等は同人の退職願の提出に形式的に表明された退職意思はその真意に出たものでなく、このことは被告会社において知り又は知り得べき場合であつたから、右意思表示は無効である旨主張するがこれを認むべき証拠は存しない。

次に浦中、太田、田中、瀬田の場合についてみると、成立に争のない乙第三十二、第三十三号証の各五、第三十四、第三十五号証の各三によれば同人等は昭和二十五年十月二十七日本件解雇通告後間もなく共同して佐賀地方裁判所に対し、仮の地位を定める仮処分の申請をなしたが、前記仮処分申請を取下げるに当り円満解決した旨の取下書に署名捺印しており右事実に証人川久保嘉厚、喜多尚の各証言を併せ考えると浦中は解雇通告後間もなく退職金額について異議を申入れ退職金が余分に出れば仮処分申請を取下げてもよいと要求して来たので、被告会社においても右不服申入を審議し三級繰上げて十三級にした結果、同人との間に退職金額について合意が成立し、昭和二十五年十二月五日退職金を支給し前記仮処分取下書についても被告会社係員において取下書の形式につき同人の異存のないことを確認した上取下書を提出させたのであつて、その際同人は係員に対し特に本訴訟により解雇の効力を争う旨留保の意思表示をなさなかつたことが認められる。而して成立に争のない乙第三十四号証の二によれば浦中は昭和二十五年十二月一日佐賀地方法務局武雄支局において予告手当を受領するに当り、太田、田中、瀬田等の場合と異り、供託物還付請求書に「目下佐賀地方裁判所に提訴中につき復職の際は精算することとし、生活補助のため還付相成りたい」との留保条項を附せず無条件に還付を請求している事実に照らしても、同人はその心裡においても解雇の効力を争う意思を放棄して供託金即ち退職金を受領したものと認めらる以上認定に反する原告浦中本人の供述は当裁判所は採用し難い。

次に成立に争のない乙第三十二、第三十三号証の四、第三十五号証の二によれば、太田、田中、瀬田は右予告手当金還付請求をうける際前記のとおりの条項を附記し、解雇の効力を争う意思を表明してはいるが、右にいわゆる「佐賀地方裁判所提訴中」の事件とは前記取下書記載の当庁昭和二十五年(ヨ)第六三号仮の地位を定める仮処分事件を指称するものであつて、右事件を被告会社との間に円満解決したことを理由として取下げたこと明らかである。そして前掲証人川久保嘉厚、喜多尚の各証言によれば太田は右仮処分取下申請後昭和二十六年五月商売の資金にする意思を表明して円満に右申請を取下げ退職金を受領したものであること、又田中はその当時右太田に附添われて被告会社労務課に赴き、労務課内勤責任者たる喜多尚に対し右仮処分を取下げるから退職金を受領したい旨、なお取下げにあたり条件を附すことは喜多の立場上も困るであろうから一切条件を附さない旨を申入れ円満に仮処分申請を取下げ退職金支給の運びとなつたこと、そして瀬田の場合も被告会社に対し円満解決の意思があることを表明し、仮処分申請の取下書を提出した上退職金を受領したものであることがそれぞれ認められる。証人田中静夫、太田善二、瀬田美之松の各証言中以上認定に反する部分は採用しない。してみると前記同人等の場合昭和二十五年十月二十日迄に退職願を提出しなかつたので本件予告解雇の効力は既に確定的に生じているので右「円満解決」なる言葉の意味は同人等において退職金受領のために予告解雇を認容したものというべきである。被告は右仮処分の取下は裁判上裁判外共一切本件解雇の効力を争わないことを合意したのであるから、訴権放棄の合意を包合する、従つて本訴は不適法であると主張するが前記仮処分の取下は仮処分申請の本案、即ち本件解雇の効力について裁判所に出訴しない旨の不起訴の合意迄包合するものと認めることができないから、これを容れることはできない。

而してその余の原告及選定者等は退職願提出期日迄退職願を提出もしなかつたことが弁論の全趣旨によつて認められるところであるから、昭和二十五年十月十六日附を以て予告解雇の手続により解雇されたものといわねばならない。

第三、結論

以上の次第で昭和二十五年十月十六日、原告及選定者等のうち、北村は合意解雇によりその他の者等は予告解雇の手続により、被告会社との間の雇傭関係は消滅したものというべく、本件予告解雇又は合意解雇を無効とする原告等の各主張はいずれも理由がないから棄却することとする。

よつて訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 原田一隆 三枝信義 田中武一)

(別紙省略)

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